ヤバOL記

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この間高楼方子さんのエッセイ、「記憶の小瓶」を読んだ。
高楼さんの幼い頃の記憶がランダムに、詳細に書かれていて大変面白かったし、読んでるこちら側の幼少の記憶もたくさん蘇った。

私は幼い頃から「自分が子供であったことを忘れないでいよう」と心に決めていたので、子供の時に色々と思ったことを多分他の人よりもリアルに覚えている。

風景や出来事を正確に覚えているかというとそうでもないのだけど、その時子供の心でどういう風に思ったのか、どこに疑問を持ったのか、何が嬉しかったか、何が嫌だったかを歪めずに今日まで頭の片隅にとどめてある。
記憶の小瓶も、そんな感じの本だ。

なぜ幼い私が大人になってもこの気持ちを忘れないでいようと誓い、「子供であること」を引きずりながら生きてきたのか、ハッキリとした理由は覚えていない。
ピーターパンやトトロを見て大人になりたくないと思ったり、こち亀のオープニングで「誰もが一度は子供だったけど みんな忘れてる」と歌われていて、「私だけはそうならないぞ」と決めたのかもしれない。

または、親に叱られたとき。
先生や、親戚の大人たちにからかわれたとき。
そんな言い方をされたら傷つく、そういうことをされたら嫌だって、どうして大人はわからないんだろうか?って考えたいくつもの出来事が、ある。
私はそれがわかる大人になろうと心に決めた。それも理由の一部だろう。

大人になってからしかわからないことはたくさんある。
あの時、子供だった私はこんな気持ちだったけど、大人である親はきっとこんな気持ちだったんだろう、と想像できるようになった。いくつかの疑問や不満も、大人になることで解消された。
でも、やっぱり子供にしかわからない気持ちがある。それは、こち亀で歌われているようにほとんどの人が大人になると忘れていて、私は時に「何故わからないの!」って苛立つ。



姉と喧嘩をして、どう考えても自分が正しいのに(今となってはそれが正しかったかどうかはわからない)、親は姉が正しいと言った。私は納得が出来ないし、決定を覆す力もないので子供部屋に逃げこんで泣いた。
そこまでは良いのだけど、泣いても泣いても母も父も慰めに来ない。
どうして?誰かが来てくれないと勝ち誇った顔をした姉がいる居間には帰れない。それが両親にはわからないのだろうか?

なぜ自分が間違っていると判断されたのか、納得がいく説明もなくただ敗者として惨めにコミュニティの中に居続けなければならない。それが子供ながらにとっても辛い。

幼い私の考える正しさとは、喧嘩で自分の味方についてくれることではなく(そうだったらもちろん一番良いけど)、私が一人でいじけて泣いているときに迎えに来てくれることだった。
だってそうじゃなきゃ救いがない。私は子供なんだ。
一人で泣くのは辛いし、こんなに惨めな気持ちになることを覚えておこう。私は、泣いてる自分の子供を放っておくお母さんにはならないぞ、と思った。

今では自分が間違っていないなら証明するし、間違っていたかどうか省みることもできる。そもそもわかってもらえなくてもいいやと割り切ることもできるし、それぞれの考え方があるんだねとお互いを尊重する振りをした適当な落とし所でうやむやにすることだってできる。
だから子供部屋で大泣きすることはもう無いのだけど、納得させてもらえなかった上、迎えにきてもらえなかったことは今でも喉の小骨のように私のどこかにずっと引っかかっている。